| M |
西郷さん、お久しぶりです。年末、ジョー(*共通の友人であるジョセフ・レヴ氏)から、「今年最後の日本出張だから、ジューセツ(*西郷氏のこと)を囲んで美味しいワインでも飲もう」という電話がありました。お二人とも、とてもワイン通であり、美味しいお店をいっぱいご存知なので、万障繰り合わせて(笑)東京に行きたかったんですが、仕事の都合で...。 |
| 西郷 |
そうそう、年末はお会いできませんでしたねえ。ジョーは相変わらず精力的に仕事をこなし、東京の後は香港に飛び、年の瀬まで仕事して帰国したようです。ハワードは、どう? クリスマス休暇はアメリカで過ごしたんですか? |
| H |
今年は帰りませんでした。年々、クリスマス休暇ではなく、日本のお正月が、休暇の中心になってきました。お正月はいい。京都のお正月は、きっと素敵だろうなあ。 |
| M |
そうね。いろんな人に言ってるんですけど、個人的には、年の瀬、28日頃から大晦日までの京都がとても好き。この時期は、観光客というよりか、地元の人たちがお正月準備に追われて、忙しそうに、でも晴れやかな顔つきで買い物したり、慌しく動き回っている。まち全体が独特の雰囲気に包まれていますね。ギリギリまで動き廻って、いろんな支度がやっと終わり、それから除夜の鐘をテレビで聴いて(笑)、一晩明ければ、本当に凛とした元旦の朝...。桜や、紅葉に彩られる京都も特別だけど、私は、なぜか、師走からお正月にかけての時期が一番好き。ハワードにとっての京都は、紅葉の清水寺でしょ? |
| H |
そうね。初めてゆっくり京都を廻ったのが、紅葉のときだったから。連れていってもらった清水寺の一角に小さな池があってね。この水面に、ライトアップされた紅葉が浮かび上がっていて、本当に美しかった。 |
| M |
西郷さん、ハワードは日系だけど、やっぱりアメリカ人だなあと思うときがあるんですよ。ある時、京都の話になってね。ハワードは清水寺の名前がすぐに思い出せなかった。で、"あのお寺は綺麗だったなあ、That
temple on the hill"って言ったんです(笑)。 |
| 西郷 |
日本人だったら、清水寺は他には表現できない。だって、清水寺ですからねえ(笑)。 |
| M |
仰る通りですよ。私の記憶では、西郷さんにとっての京都は特別で、若い頃は京都の方々を訪ね歩かれたんですよね。 |
| 西郷 |
京都は大好きです。学生の頃、和辻哲郎の『古寺巡礼』を読んだのがきっかけで興味を待ち、随分お寺めぐりをしました。御所、修学院、桂離宮などをはじめて見た時の感激を今でもはっきり覚えています。それに私の親類が京都大学でイタリア文学を教えていて、とても親しく付き合っていました。京都大学の名誉教授で、岩倉具忠と言い、岩倉具視の曾孫にあたります。この岩倉具忠という親類の影響もあって、京都には本当に通いましたよ。 |
| H |
岩倉具視というのは、あの500円札の人ですよね? 西郷さんの家系は、本当にすごく面白いですねえ。西郷さんは、あの上野の銅像、西郷隆盛の一族でしょう? 映画の『LAST SAMURAI』のモデル! |
| 西郷 |
そうです。祖父は陸軍大佐で候爵の西郷從徳。曾祖父が海軍元帥の西郷從道です。山本五十六をバックアップして日本海海戦に勝った立役者と言われていて、西郷隆盛の弟にあたります。 |
| M |
不思議なのは、西郷さんのお母様は徳川家ですよね? |
| 西郷 |
母は、最後の将軍である第15代徳川慶喜の直系です。 |
| M |
でも、徳川家と、徳川幕府を倒した薩摩の代表とが結婚するというのは、西郷さんの御両親ぐらいの時代になれば、問題はなかったわけですか? |
| 西郷 |
ちょうど同時期に結婚適齢期を迎えていた年頃の二人の周囲がお膳立てしたようですが、直接見合いをする前に、両家からまず侍従同士が会って、敵意の無い事を確認し、それで万全に準備を整えたらしい(笑)。 |
| H |
それで、岩倉家と西郷家の繋がりは? |
| 西郷 |
私の祖母が、岩倉具視の孫でして、馬車で鹿鳴館に通っていた当時の祖母の写真がありますが、本当に美しい女性でした。また私の祖父の妹が岩倉家に嫁ぐという二重の親戚です。 |
| M |
不思議な家系ですよね、本当に。ということで、若い頃は京都を歩き廻っておられた西郷さんですが、「次は、是非京都で...」と申し上げてから、かなりたちますよ(笑)。 |
| 西郷 |
いやあ、会社を立ち上げてから、なかなか時間がなくて...。 |
| H |
イープラットは大変順調のようですね。コンビニエンス・ストアの5社と、トヨタ自動車、NTTコミュニケーションズが共同出資で設立した会社であるということに加えて、エネルギー節約という環境重視の視点からも、かなり注目を集めてきましたね。 |
| 西郷 |
そうなんですよ。ご存知のとおり、コンビニエンス・ストアはエネルギー多消費型産業と名指しされています。その消費電力を、ほんの少しでも抑えることができれば、環境にかなり貢献するわけです。『京都議定書』の流れもあり、政府からも大いに期待されていて、今年度は研究費もつけてもらっています。
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| M |
『京都議定書』によって、京都という名前に新たな価値が付加されましたが、米国が批准しない姿勢であることが大変残念。折角なら、イープラットも、京都に来たらどうですか(笑)。話は戻りますが、おじいさまにあたる西郷從道さんの住まわれた邸宅は、今、あの愛知県犬山市の明治村に移設されていますね。 |
| 西郷 |
はい。あの家は、元々、上目黒の「西郷公園」と「菅刈公園」のところに在りました。僕は住んだ事も無く、歴史としか感じられませんが、僕の姉が子供の頃は住んでいたんです。両親と一緒に明治村に行ったとき、父が二階から降りる階段の手すり指差して、「ここを滑り台にして遊んだ」とか、「階段の下の物入れに弟を閉じ込めた」とか、リアルな話をしていたのを思い出します。 |
| M |
明治村の意義や、移設しなければ保存できなかったであろう当時の状況や背景等については、それなりに理解できますし、コレクションとしての明治村は素晴らしいと思います。でも、個人的には、どうしても好きになれません。暮らしの香りが消えているようで..。どんなに大切に、花々や装飾品を季節ごとに考えて飾り、メンテナンスされていると判っていても、なにかしらスピリットが抜けたようなところ...。あの邸宅に、今も、西郷從節さんとご家族が暮らしておられたら、きっと数百倍、輝いていただろうと想像しますから。 |
| 西郷 |
有難いけど無理ですね。とても維持しきれませんよ(笑)。 |
| H |
僕も、是非、愛知の愛・地球博のついでに明治村にも立ち寄って西郷從道邸を見てみたいですね。 |
| M |
いつもながら、素敵な一時を有難うございました。そして、この『北京飯店』も、私の“東京のお気に入りリスト”に、是非、加えたいと思います。今度こそ、"次は京都で...!"ですからね。次回のジョーの来日に併せて、福岡の滝本さん(*共通の友人である滝本憲二さん)も誘って、ハワードも"Temple
on the hill"にまた誘うから、みんなでジョーのお気に入りの『ぎおん 萬養軒』でフレンチとか?! |